2009年11月8日日曜日

人は、弱さゆえ…


ここ暫く、中世日本の仏教界での事件に基づいた、少々、陰惨なドラマに取り組んでいる。登場人物、ストーリーとも、実在のものだが、歴史の教科書に書かれているような、当り障りのない、表向きの話としてではなく、NHKの某歴史人気番組のように、その裏に隠されている、人間の本音の部分に光を当てながら、多少とも生臭いが、その分生きたドラマとして再現しようとしているのだ。
 
 掻い摘んでストーリーを紹介すると、13世紀初頭、京都(みやこ)には新興の念仏教団が勢力を伸ばそうとしていた…。当然、比叡、吉野の伝統的仏教教団からは、時の権力者、後鳥羽上皇に排斥の請願(興福寺奏状)が出されるわけだが、上皇自身は、それほど念仏教団を危険視していたわけでもなかった…。まぁ、どちらでもよかったわけである。ところが、上皇が熊野詣に出られたその留守中に、上皇の後宮に性的スキャンダルが発生し、お上は激怒されることになる…。
 そして、その怒りを引き出すことになったのが、彼の年嵩(としかさ)の女官で、承久(じょうきゅう)の変の演出者でもあった、伊賀局(いがのつぼね)。いわゆる、やっかいなオツボネサマ…。上皇とは、同伴して隠岐の島まで付いて行った間柄である…。だが、そんな彼女にも、上皇のお気に入りであった2人の若き女官、松虫と鈴虫には嫉妬心を抱いてしまうという悩みがあった…。そこで考えついたのが、旧仏教勢力の願いを叶えてやりつつ、且つ、この若き2人の女官を貶(おとし)めて、上皇の周りから追放するという筋書きであった…。
 その頃、京都では、「徒然草」の中にも記されているように、楽才のあった2人の若きスター僧侶、住蓮と安楽が、自作の声明(しょうみょう)(礼讃らいさん)による法会(ほうえ)を度々開き、あたかも今日で云うところの<コンサート>で人々を集め、人気を博していたのであった…。実は、そんな中には、こっそりと忍び込んだ、院の若き女官たちの姿も認めることがあったという…。
 松虫と鈴虫も、伊賀局に誘われて、仲間たちと鹿ケ谷の法会に紛れ込み、住蓮、安楽の声と所作にすっかり魅了されてしまう…。そして、伊賀局に唆されて、その夜、2人は御所には戻らなかったのだ…。加えて、2人とも、上皇の許可も得ぬまま、髪を下ろしてしまうことになる…。普段、何事にも優柔不断なお上も、これには激怒し、直ちに厳罰を下すこととなった。結果、住蓮、安楽は逮捕後わずか10日前後で斬首され、さらにはら羅せつ切されている…。
 実際に、院の女官との間に不義密通があったのかどうかは、定かではないが、この時の後鳥羽院の尋常でない怒りと、特命によるこのような処刑、さらには念仏教団弾圧に纏わる事実からすると、この出来事がその直接の引き金となっていることに間違いは無さそうだ…。
 男の面子と、女の嫉妬心、こんな個人的な事情から、往々にして歴史上の悲劇は繰り返されてきている。まさに、人は、弱さゆえ…、で、ある。

正会員:大谷千正
2009年11月12日(木)
●アンデパンダン展 第2夜
大谷千正/オペラ「幻の如くなる一期」より、第Ⅰ幕・第2場〈夜半、草庵にて…〉
(2009/初演/親鸞没後750年記念作品)
花月真(親鸞/バリトン)河野めぐみ(伊賀局/メゾ・ソプラノ)山崎浩美(松虫/ソプラノ)
細見涼子(鈴虫/メゾ・ソプラノ)猪村浩之(住蓮/テノール)青柳明(安楽/テノー ル)
平塚洋子(ピアノ)森和幸(指揮)

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