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2010年10月18日月曜日

ニューヨーク頼り?(3)

tt事務局員です。
深澤会員の「ボストン便り」、松尾会員の「香港便り」に続き、私も「ニューヨーク頼り?」第三弾を…。
ニューヨークの地下鉄の名物といえば、前回書いたオブジェ以外に、さまざまなパフォーマー達の存在があります。プラットフォームや、電内でユニークなパフォーマンスを披露する人達が多いのですが、
最近、iPhoneだけで演奏するロックバンドが出現したようで、動画サイトでその演奏を観ました。なかなか面白いので紹介します!


演奏の模様は

2010年7月27日火曜日

ニューヨーク頼り?(2)

tt事務局員です。
ニューヨークには行った事も無いし、好きとか、こだわりがある訳では無いのですが、深澤さんの「ボストン便り」のオマケで、こちらも「その2」をお届けしたいと思います!
先日「ニューヨーク市内に60台のピアノを設置」というブログを書きましたが、こういうのは「パブリックアート=公共アート」という概念になるのだと思います。
ニューヨークの街中や地下鉄等には、公共アートが沢山あるみたいですね。美術館に整然と飾られるのではなく、街の中に同居するそれらの作品たちは、微笑ましかったり、面白かったり、ビックリしたり、はたまた空気のような存在だったり。
ニューヨークを中心に活躍している公共アート作家がいます。私はこの方の作品が好きです。
興味がわいた方、下記のオフィシャルサイトをどうぞ↓

音楽における公共性は…? いろいろ考えてみると面白そうです。

2010年6月28日月曜日

ニューヨーク頼り?


tt事務局員です。
最近、ニューヨーク市内の路上や公共施設に、計60台のピアノが設置されました。カラフルに装飾されたそのピアノたちを、何時でも、誰でも、自由に弾いて良いんだそうです。
街のあちこちににポップなピアノが60台も置いてある! それだけでもワクワクドキドキ! そしてそれ自体が巨大なインスタレーション作品でもあるわけです。
ニューヨークは、街の中で演奏するには申請と許可が必要です。でもこのピアノは別。市民はピアノを囲んで音楽を楽しみ、輪が広がり、交流が深まっているようです。ビートルズ、ベートーヴェン、子ども、カップル、プロ、朝も夜も、毎日街のあちこちで、人々から何かが生まれています。
▼AFP通信による動画ニュース
これは、イギリスの芸術家とアメリカのボランティア団体が共同で企画したもので、これまでにも世界各地で同じプロジェクトが行われています。
「芸術家だからできること」というものがあると思います。

日本現代音楽協会の「現代音楽教育プログラム研究部会」は今、神奈川県の小学校で、子どもたちと音楽をつくるワークショップを行っています。この模様は後日現音ブログで紹介する予定ですので是非ご覧下さい。

2010年6月18日金曜日

新コーナー『JSCM 現代音楽の庭』


新コーナー『JSCM 現代音楽の庭』をオープンしました!
『JSCM 現代音楽の庭』は、年に1回発行している情報誌『NEW COMPOSER』と連動し、よりタイムリーに現代音楽のトピックを発信して行くコーナーです。
記念すべき第1回目は、先日来日し注目を集めた、トリスタン・ミュライユ氏のインタヴューです!
このインタヴューの模様は『NEW COMPOSER Vol.11』に掲載する予定ですが、まずはいち早く、このウェブをご覧のみなさんにインタヴュの導入部分を公開します!
JSCM 現代音楽の庭『JSCM 現代音楽の庭』

2010年1月24日日曜日

中川広報部長日誌 其の四  2010年現音新年パーティー



新年あけましておめでとうございます。
22日(金)に現音新年パーティーが行われました。
中川広報部長、広報部長賞をご自身がくじびきで、ひいた番号なんと
大好きな番号「13番」でした。
パセリを持ってカメラの前に出現されてびっくりしました。
とても楽しい新年パーティーになりました。
本年も現音広報部をどうぞ宜しくお願いいたします。
写真は左から広報部の森田泰之進氏と中川広報部長
広報部 

2010年1月6日水曜日

謹んで新春のお慶びを申し上げます

現音ブログをお読みの皆様、新年明けましておめでとうございます。事務局長の佐藤です。2010年、ついに日本現代音楽協会創立80周年幕開けの年がやってきました。厳しい社会情勢にあって、手放しで喜べない現況にはありますが、創造の火をたやさないために、協会の運営に精一杯前向きに努めたく存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。


 さて、おめでたいお正月ですが、正月というと私には忘れられない思い出があります。あれは中学3年のとき、私は元旦から風邪をひいてしまい、せっかくのお節料理にも箸もつけず終日寝込んでいました。夕方になって幾分症状が柔らいたので、ヘッドフォンつけてFM放送を聴きながら横になっていました。そのとき耳にしたのが、マウリッイオ・ポリーニのピアノリサイタルの録音で(どこの国での公演かは失念しましたが)、ちょうどブーレーズの第2ソナタをやっていまして、これが図らずも私の現代音楽との出会いとなったのでした。その頃の私は、耳にしたことのある一番新しい音楽というと、初期のシェーンベルク止まりでしたので、ブーレーズのこのソナタが、どんなに先鋭な響きに聴こえたかはいうまでもありません。しかもポリーニの無敵の演奏です。私が当事好きだった、いかなるハードロック(もはや死語ですね)の音楽よりも、格段に刺激的でした。とにかく凄くエキサイティングしまして、聴くにつれ、ふたたび風邪の熱が上がっていき、症状の苦しさとブーレーズの音楽の快楽が渾然となって寝床でのたうちまわっていた訳です。


 その後、年を経て、ブーレーズの第2ソナタよりはるかに先鋭な曲を多く耳にしましたが、中3の元旦の、あのエキサイティングな夜を凌ぐことはありませんでした。という訳で、ブーレーズの第2ソナタは、私にとってちょっと特別な曲なのです。


事務局長:佐藤昌弘

2010年1月5日火曜日

現音・今昔(10)新年おめでとう

現音・創立80周年開幕の年です。ブログをお読みのみなさま、充実した一年になりますことを、お祈り申し上げます。
 今昔シリーズも十回になりました。昔の面白い話には、まだまだ枚挙に暇がありません。でも新しい年をつくりつづけるのが作曲家集団です。過去はまた機会がありましたら記すことにして、今と未来を語ることにしましょう。
 さて、現音の新年会が1月22日(金)18:30よりJR市ヶ谷駅傍の「アルカディア市ヶ谷」で開催されます。現音の会員諸氏はユニークなひとが大勢いて、楽しい会になります。豪華な演奏家諸氏のゲスト、景品もあります。しかし現音は参加者に大盤振る舞いするだけの力はありません。何時も「募金箱」が置かれています。ご協力いただけますと「参加者には幸運が訪れる」と言い伝えられています(?)。
 2月からは恒例の「現代の音楽展」が開催されます。(数分だけ)「行列のできる演奏会」で、話題が満載です。是非お出掛けください。
 お金は無いのに勢いだけはどこにも負けない現音です。その記念シリーズもご注目ください。
 みなさまと共に今年も歩んで行きたいと願っています。


坪能克裕

2009年12月28日月曜日

ホームページ開設の広報に当たって思うこと


こんにちは、作曲家のロクリアン正岡です。
 現代音楽の現状は厳しく、現役作曲という自らの先端を失ったクラシック音楽の将来はさらに厳しいようです。
では、シェーンベルクという調性音楽圏からの脱走犯がいけなかったのか、と言うとそれも違います。
もとはといえば、そのむかし、グレゴリオ聖歌制定時にロクリアン(=ロクリア旋法)を外したのが間違いのもとであった、というのが私の見方です。
 いや、ロクリアン・Mと自ら名乗る私ならではの実存的実感そのものであります。
 もしロクリアンが含まれていたら、全音階は十分な全体性を持ち、転旋の自由も複旋の自由もあって、作曲家たちはそのより広い音のハーモニーの海で今も幸せ(=“シ”合わせ)に泳いでいた、いや作曲していたかもしれないのです。それが、魔女をいじめ黒猫をいじめペストなど流行らせ、シェーンベルクのような脱走犯を生み、現在の日本で「「芸術に大衆性は必要か!?」などという本質を外した議論を作曲家たちにさせているのも、みんなみんなグレゴリオ聖歌制定に関与したおえら方(そのほとんどは西洋坊さんたちだったか)の罪ではないでしょうか。
これぞ、西洋音楽史の原罪!しかも、これまでその罪を誰も舌鋒鋭く指摘した者はいなかったし、トニカのお化け大バッハがもっともらしく罪の痕跡をかき消し、音楽のインフラ整備をやったというか、きれいなアスファルトで敷き詰めてしまったので、(そうそう、それにかのドミナントのお化けのベートーヴェン様が暴走族さながらの走り方をやって見せたりで)ロクリアン忘れは決定的となったのです。 ために今頃になって西洋から遠く離れた極東の地で私、ロクリアン正岡がトニカ苦禊(みそぎ)役を担当しなければならなくなったという次第です。こんなわけですから、音楽史は見直されなければならないし、出来れば将来へ向けて実際に治して行くべきではないでしょうか?!  人類も感性の枠をもっとずっと押し広げなければやって行けなくなっていることですしね。  「ヨクナレ・シ・ナナリアン」 という全音階図こそ“何“様の存在を証明する影ですゾ!!! 詳しくはホームページをご参照ください。また、御意見もどしどしお寄せ下さい。
作曲、音楽、社会、人類、この世、あの世、そして、なによりも何様を愛する日本現代音楽協会の諸兄妹、並びに会外の熱くもご聡明なる皆様方へ
正会員:ロクリアン正岡

2009年12月17日木曜日

中川広報部長日誌 其の三 広報部会


12月の広報部会,話し合う事、決定することが山ほどあり大変な広報部長、
こういう時は作曲とはまた違った脳を使っているのでしょうか。
そんな時に素晴らしい差し入れ宮崎滋氏の差し入れシュークリームです。
ずっと出版が滞っておりましたNewComporserも来年には良い方向に向かうように
只今作業進行中です。
2009年最後の広報部会でしたのでその後は松尾先生お勧めのおいしい魚料理のお店
にて忘年会。おいしいお酒を飲みながら話題は現代音楽でした。
そして部長の苦手なもの。それはチーズです。お魚はお皿をかかえて召し上がっておられました。乳製品は苦手とおっしゃっておられましたが、シュークリームは乳製品じゃないのでしょうか???(笑)天才作曲家広報部長は謎に包まれております。

2009年12月3日木曜日

現音・今昔(9)事務局のこと “直(ちょく)さん”編

現音に80年の歴史があると、当然その歩みは事務局の苦労史になる。その歴史の中軸に位置し、四半世紀に亘り作曲家の団体を支えてくださったひとに「佐々木 直さん」がいた。素晴らしき怪女だった・・・ピースの両切りをくわえ、お酒を愛し、“能”はプロ級で、人間コンピューターだった。とにかくワープロの<保存>を使わないのだから恐れ入る。みんな頭のなかに入っていて、個人情報・会計簿・各種スケジュールなど、必要に応じてたちどころに出してくる。財政も厳しいはずだが、途中どのように工面したのか、お金の出し入れの最後はキチンと合わせることが出来た。交友関係も広く、演奏家の優秀な才能を現代音楽に結びつけ、コーディネーターの役もされ、現在の各種音楽会企画の基礎を築いてくださった。
 わがままな作曲家が相手のために口が悪い時もあり、煙たがる会員もいたが、音楽関係者には愛され頼られる存在だった。
 「東京現代音楽祭」の準備の頃、当時の事務局長が大会事務局で「直さんどうしてるのかな?事務所で倒れていたりして・・・」と冗談を言いながら、しかし音沙汰無いのを心配し、現音事務局に帰り道に寄った。本当に倒れていた。
 後遺症もあり入院生活を余儀なくされた。現音では感謝の意志を伝えるための資金が殆ど無かった。すると先輩作曲家が「T(直さん)基金」を立ち上げ、有志が出し合い、彼女に贈ることになった。残念ながらその後亡くなられた。直さんも凄かったが、いざという時の先輩作曲家の情熱には凄いモノがあった。
坪能克裕

2009年11月27日金曜日

現音・今昔(8)ISCMの作曲家による「音楽づくり」

2001年に「世界音楽の日々・横浜大会」が開催された。各国の作曲家が集い、作品をもって交流を深めて行った。多数のプログラムがあり、どれも優れた企画の日々だったが、そこで前代未聞のコンサートが開催された。
 子どもたち・現代音楽・音楽づくり、がキーワードの大会もあった。そこに「世界から参加している作曲家も“音楽づくり”をしたらどうか」というアイディアを基にしたプログラムが誕生した。
 音楽づくりのプロ。一音のこだわりには誰にも負けないひとたちだ。聴け!オレがオレが、もある。作曲の仕組みやルールも熟知している・・・それは傍目には筆舌に尽くしがたいほど素晴らしく面白かった。
 夢中に音を出す日本の音楽家に(英語で)「キミ“間”って知っているか」と言うひとや、唯我独尊の境地のひとや、演奏のナルシストや・・・・
 本体の企画とは別に話題になったコンサートだったが、多分“空前絶後”の音楽界曼陀羅が生まれていたことでしょう。
 ・・・子どもたちと、一般市民たちと、そして専門家と、十年近い多数の活動実績をもって、’00年春、現音に「現代音楽教育プログラム研究部会」が誕生した。
坪能克裕

2009年11月24日火曜日

現音・今昔(7)子どもたちの現代音楽による「奇蹟」— II

ミレニアム企画が取り沙汰される頃、東京近郊の市民ホールでは“クリスマス・コンサート”が開催された。その内容は市民の日頃の成果を、全体のコンセプトを基にプロのオーケストラとともに発表する、という内容だった。
 そこに地元の小学校5年1組の児童が、自分たちの“オリジナル”作品を発表することが加わった。その学校は過去にロンドンシンフォニエッタの「音楽教育プログラム」が入った経験があったが、5年生にとっては初めてだった。
 クリスマスの一ヶ月前に“音楽づくりワークショップ・リーダー”が一回90分児童と“音楽あそび”をして、音楽の“仕組み”を伝えた。楽器は音楽室にある小物打楽器・リコーダーと、身体を叩く“ボディークラッピング”だけ。
 その後、子どもたちは“作戦会議”を重ね、音楽教師・担任教師を頼らず、自分たちで秘密の音楽を作り始めた。
 本番直前のリハーサルで、初めて教師を含むスタッフ一同は、子どもが何を作ってきたか知ることになった。舞台一杯に7つ程に分かれたチームが同時に“花火”のように、ボディーを叩き、リコーダーを吹き、ダンスの要素を加えて表現していた。それを見て指揮者と(オケピットの)オーケストラは、その世界が生かされるようなコラボレーションを同時につくり始めた。
 ゲネプロで、初めて分かる創造世界が出来上がった。現代音楽の手法と表現を借りてはいるが、子どもが考え・つくり・表現することを、プロがサポートして協働する世界が初めて誕生した瞬間だった。
 圧倒される音と表現の渦に、作品が終わっても聴衆は拍手することさえ忘れていた・・・
現代音楽には、子どもたちにとって未知の表現の可能性を秘めている証拠が、そこにはあった。
坪能克裕

2009年11月18日水曜日

現音・今昔(6)子どもたちの現代音楽による「奇蹟」— I

「吹楽Ⅲ」が、サントリー大ホールで開催され、そこに小学生たちが“現代音楽”をつくり、発表のためにステージに出ることになった。やっと参加を了解してくれた都内の小学校児童だった。しかし器楽のバンドはクラブに無く、楽器は自校と不足分を他校から借りれば揃えられるが、それより音が出せないし、出ても二つか三つの音の児童が殆どだった。しかし、子どもたちは「サントリー大ホールに出たい」一心で決まったようなものだった。
 子どもたちは、音楽・担任の先生から「技術指導」を受けることなく、“音楽あそび”から「音楽の仕組み」を教わり、みんなの出せる一つ二つの音で「音楽づくり」することから始まった。出せる音からドローン(低い持続音)を決め、リズムパターンをひとつつくり、それらを「組み合わせて」「会話」を、リコーダーも加えてを楽しむことにした。子どもたちが意見を出し合い、教師は一切ダメ出しをせず、特別練習も取らず、子どもに任せたまま数時間あそんだだけだった。それに即興も加え、曲の最後に、全体のテーマになったリズムパターンを手拍子でお披露目することになったようだ。
 本番はトランペットからプス〜ッのス〜ッ しか出せず声を管から出していた子も、大演奏家の振る舞いで、全員暗譜で(実は楽譜が無い)堂々としていた。それは奇蹟の音楽に聞こえた。
 しかし、多くの吹奏楽関係者は「子どもにあんな難しいことを教えて!」と不評だった。一般のファンは子どもの努力を称え、数人の音楽教育関係者は絶句した。
 
坪能克裕

2009年10月23日金曜日

現音・今昔(4)一途な思い


四半世紀前の「現音展」での話し。
 現音の演奏会に欠かせない著名な音楽評論家A氏が私に近づいてきてポツリと話しを切り出してきた・・・書かずにいられない、オレが書かずに誰が書く、これだけは書き残したい、っていう“一途な思い”の作品がこの頃ナイねェ・・・。
 その投げかけは作曲仲間にも後を引いた。いい作品は増えた。コンクールの質も上がった。しかしそれらは「間に合わせ」の作品、注文にはまった作品だというのだ。その間を外すと“間抜け”になり、時により“間違い”な音楽にも感じられてしまう。マ、マある話しかどうかず〜ッと気になっていた。
 現音の会員諸氏は、演奏会に入魂の作品を出してくる。この秋、音楽展が「器楽アトリエ」から始まり、「電楽」「アンデパンダン展」「作曲新人賞」と展開されていく。
 みなさん、一途な思いで書いた作品や作曲家と、是非出逢ってください。
坪能克裕

2009年10月2日金曜日

弦楽四重奏曲「阿蘇山」!?


はじめまして、日本現代音楽協会準会員の新田祥子です。
今回初めて「器楽アトリエ」に参加させて頂きます☆
先日、事務局から「器楽アトリエ」のチラシが届きました♪
写真付きで、とってもカラフルな楽しいチラシです。
会場の「sonoriumu」も写真を見せて頂くとモダンなデザインで素敵な雰囲気ですね〜♪
今回私が発表させて頂く作品「Central cone」は、家族旅行で行った九州の「阿蘇山」をイメージしています。
阿蘇山の中岳は今も火山活動をしていて、火口にはエメラルドグリーンの湯だまり(火口湖)があるのですが、それがとってもキレイなんです☆
素敵な会場で心地良い雰囲気の中、演奏して頂けるのがとっても楽しみです♪
初めての事なので緊張で一杯ですが、頑張りますのでよろしくお願い致します☆

準会員:新田祥子

現音・今昔(3)会員の願い

長いこと役員をさせていただいていると、会員諸氏の本音が聞こえてくるようになる・・・高い会費を払っているので、もっと私の作品を演奏して欲しい。それを出来るだけ多くのひとに聴いて欲しい。マスメディアも積極的に採り上げて欲しい。そのために自腹を切るのではなく、公的な資金を集めて実施して欲しい。可能なら集客(チケット販売)も出品者の負担でなく、会でお世話願いたい・・・。考えようによっては身勝手な意見かもしれない。
 昔、故・芥川先生が「作曲家が頭を下げ切符を売り歩き、その上高い会費を払わされて、何とかなんないものかね」とおっしゃったことがあった。会員諸氏が「作曲に専念できる環境」を目標値として示されたのだと思った。
 現実的には、とても実現の域からほど遠い環境にある。全てが公平とは行かない。でもそれに近い環境になるように一歩一歩進むことは大切なことだと思う。役員だけの努力でも無理だ。個や団体の努力には、現代音楽を愛するひと以外にもサービスとは別に「理解」を深めて行く、ということも必要だ。
坪能克裕

2009年9月25日金曜日

現音・今昔(1)「悪の温床」、その後


40年近く前の話。
 現音主催の作品展が開催された。それを聴きにきていた学生が、あまりのくだらなさ、レベルの低さに驚き、アンケート用紙に実名で「こんな演奏会をしていると、そのうちに“悪の温床”になってしまうだろう」と記した。
 それを読んだ右派・左派の幹部は「本当だ!」と共感した。右・左は、仮に伝統的な書法の作曲家と、国際的に活躍していた作曲家、の人びととしておく。誰のどの作品だったかは不明だが、要は作曲家の人格攻撃ではなく、作品や団体に関しての舌鋒鋭い意見交換は大いにあって然るべきだ、というのが彼のポリシーだった。
 その学生は、その後音楽大学を卒業し、現音に入会することになった。ぬくぬくと悪に育ったのかどうかは分からないが、しかし耳が痛い話しでも、作品や団体に対して建設的な意見を堂々と言ってくる後輩を、現音は苦々しくも好意をもって迎えるようになった。
坪能克裕

2009年8月12日水曜日

広報部 Web班初ミーティング


過日は暑い中、広報部のWeb班による初のミーティングがありました。
といいながら、パソコンを持っていらっしゃらない中川部長の"初"の現音サイト閲覧会になりました。
そして現音ブログに、新企画「中川広報部長日誌」随筆していただく事になりました。
皆様ご存知のように美しいCM音楽からダイナミックで緻密なオーケストレーションの現代音楽まで手がける天才作曲家の日誌どうぞお楽しみに!!

写真は、足が疲れましたと椅子の上に立ってメモをとっていらっしゃる中川俊郎部長
新作の譜面もこうやって書いていらっしゃるのでしょうか。
2009年10月14日(水)サントリーホール 大ホール
2009年10月15日(木)東京芸術劇場 大ホール

2009年7月29日水曜日

巨星の輝きを悼む〈若杉弘先生の訃報に寄せて〉

「ピノって最高よ〜ッ」。訃報に接した時、亡くなった現音事務局の「ちょくさん=佐々木 直」の甲高い、上ずった声を突然思い出しました。
 ピノとはピノキオのことで、直さんが呼んだ若杉さんのあだ名です。その直さんがヒイキにしたからではないのですが、現音でも大変お世話になったアーティストのひとりでした。「室内楽‘70」(ピアノ=若杉弘、ヴァイオリン=植木三郎、フルート=野口龍)での長年の活動や、オーケストラ作品での指揮など、多くの作品を世に送り出して下さったのです。いや海外の作品や日本初演の大作からオペラでの業績まで、枚挙に暇がない活躍でした。
 私は学生時代から「日本が生んだ天才音楽家」のひとりだと畏敬の念を抱いていました。とにかくクラシック・現代音楽とジャンル分け無く、ピアノ・指揮棒で“音楽の神髄”を私たちに伝えてくださいました。“うた”が素晴らしかったのです。三善先生の「ヴァイオリン協奏曲」を読売日響とリハーサルでまとめ上げて行く光景は、それだけでも感動してしまいました・・・私でさえ、少ない出会いから忘れ得ぬ世界へ誘ってくださったのですから、多くのファンの人びとはどんなに大きな輝きに満たされて来て、今どんなに悲しんでおられることでしょうか。真に“巨星”だったと思われます。いまその光が無くなったのではなく、音楽から生まれる多くの星々を包み込むスペースへ向けた準備の、マエストロにとって“優しさの一時”を楽しんでおられるように思われます。ご冥福を祈ります。
日本現代音楽協会 会長 坪能克裕

[写真]〈現代の音楽展1967〉プログラム冊子より。〈現代の音楽展〉が文化庁の助成事業として採択され、日本現代音楽協会の長年の念願であったオーケストラ公演を初開催した。指揮は故・若杉弘氏。